かぜと漢方

漢方

今回は感冒様症状で来院された患者さんに対する漢方エキス剤の使い方をお話したいとおもいます。まずは症例を呈示します。

症例:22歳、男子大学生
経過:朝、起床時より少し頭が重く、熱感もあったが、通常通り、大学へ行った。昼過ぎになり、頭痛が強くなり、身体の節々も痛み、だるくなってきたため、午後4時に来院した。体温38.6度、血圧132/76 mmHg、脈拍数88rpm、呼吸数16回/分。咳や痰はでない。自然発汗の傾向はなく、後頭部から肩甲骨間部にかけて背筋が強くこっている。髄膜炎を疑わせる症状はなし。口腔内や心肺に異常なし。時節柄、インフルエンザも否定出来ないため、インフルエンザ迅速検査を施行したが、A型B型とも陰性であった。担当医はアセトアミノフェンの錠剤を処方し、少し様子を見ることにしようと考え、患者さんに説明した。しかし、患者さんは西洋薬ではなく、何か風邪の漢方薬が欲しいとの事。担当医は某T社の手帳の葛根湯の項目に「自然発汗がなく、頭痛、発熱、悪寒、肩こり等を伴う比較的体力のあるものの次の諸症以下略・・・」と書いてあったので、葛根湯エキス7.5g分3毎食前を5日分処方し、処方通り服用するよう説明した。

はたして、この対応は正しいのでしょうか?

ここで中国の後漢時代(西暦219年頃)、張仲景によって著されたといわれている『傷寒論』の葛根湯の一説をご紹介します。

葛根湯方

 項背強痛し、発熱悪寒し、或は喘し、或は身疼痛する者を治す。
 葛根四両、麻黄生姜各三両、大棗十二枚、桂枝、芍薬、甘草各二両
 右七味、咬咀し、水一斗を以て、先ず麻黄、葛根を煮て、二升を減じ、沫を去り、諸薬をいれ、煮て三升を取り、滓を去り、一升を温服す。覆いて微似汗を取る。粥を啜るを須いず。余は桂枝湯法の如く将息及び禁忌す。

これを現代語訳にしてみますと、
葛根湯は、首筋から背にかけて強ばりひきつれ、発熱し、風があたると寒けがし、時に喘鳴や呼吸困難があり、また時に体の筋肉が痛む、という者を治すものである。
 葛根四両、麻黄生姜各三両、大棗十二枚、桂枝、芍薬、甘草各二両
 右の七つの薬味を細かく刻み、水一斗にまず麻黄と葛根を入れ煎じて八升ほどにし、上に浮いた、あくやあわを除き、他の薬味をこれに入れ、さらに煎じて三升ほどに煎じつめ、こして滓を除き、温かいうちに一升を服用する。服用後は温かく体を布団などで覆って、じっとり汗が出るようにするのがよい。熱いうすい粥をすする必要はない。服用後は桂枝湯のときのようにとりはからい、食事の注意も同じようにするがよい。
と書いてあります。最後の方に服用後は桂枝湯のようにしてくださいと書いてありますので、その桂枝湯の一節も次に引用してみます。

桂枝湯方

桂枝三両、芍薬三両、甘草二両、生姜三両、大棗十二枚
 右五味咬咀し、水七升を以て微火に煮て三升を取り、滓を去って、寒温を適え、一升を服す。服し已って、須臾にして、稀粥を一升余を啜って以て薬力を助け、温覆にして一時許りならしむ。
 遍身チュウチュウとして微しく汗有るに似る者、益佳なり。水の流漓たるが如からしむべからず。病必ず除かず。若し一服にして汗出で病差ゆれば、後服を停む。必ずしも剤を尽くさず。若し汗せずんば、更に服すこと前法に依る。又汗せずんば後服は小しく其の間を促む。半日許にして三服を尽くさしむ。若し病重き者は、一日一夜服す。周時これを観る。一剤を服し尽くし、病証猶在る者は、更に服を作す。若し汗出でざる者は乃ち服して二三剤に至る。生冷、粘滑、肉麪、五辛、酒酪、臭悪等の物を禁ず。

これも現代語にしてみます。
桂枝湯方
桂枝三両、芍薬三両、甘草二両、生姜三両、大棗十二枚  以上の五味をきざみ、水7合(約1400ml)に入れ、弱い火で煮て三合(約600ml)とし、滓を去って、飲みやすい温かさにして、一合を飲み、すぐに熱いうすい粥一合(約200ml)ほどをすすり、薬力を助けるのがよい。このとき、毛布や布団などで体を暖かく覆って、しばらくして全身から汗がじわじわと滲むようになれば、ますますよろしい。決して水が流れるように汗を出してはいけない。そんなふうにしたら病が治らないばかりか重くなることがある。もし一服で汗が出て治れば、後は飲む必要はなく、全部を飲み尽さなくてもよい。しかし汗が出なかったら、再び前のようにして飲むとよい。それでも汗が出ない場合は、服用の時間を縮めて、半日ほどのうちに一日分の三服を飲み尽くすようにする。もし、病が重くて、それでも良くならない場合には、一昼夜通して病状をよく見ながら飲みつづけさせるとよい。一日分の薬を飲み終わっても病が依然として良くならない者は、さらに新しく作り飲ませるがよい。もしそれでも汗が出ないならば、なお二~三日分を飲んでもかまわない。この場合、冷たいものや粘っこいもの、肉類や麺類、辛いもの、酒や乳製品などや嫌なにおいのするものは食べさせてはいけない。

「傷寒論」では感冒様症状に葛根湯や桂枝湯を処方する場合、患者さんが速やかに発汗することが大切と説明しています。これを「発汗療法」といいます。一般にかぜウイルスは低温嗜好性であり、温度が上昇するほど不活化します。感冒症候群のときの発熱は、生体がそのことを知ったうえでの防御反応と解釈できます。葛根湯や桂枝湯などのような漢方薬は発熱を助けて、速やかに発汗させる働きがあるのです。
 発汗療法の要点をまとめると
①お粥を啜って薬力を助ける。
②温覆して汗が出るようにする。
③汗が出ないと更に薬を追加して汗を十分出るようにする。
④一服で汗が出て病が治ったらもう飲まない。汗が出なければ出るまで飲む。
ということになります。

ここでまた、最初の症例に戻りましょう。
「葛根湯エキス7.5g分3毎食前を5日分処方し、処方通り服用するよう説明」するのは間違いであることが理解できると思います。感冒様症状に葛根湯や麻黄湯のような発汗剤を処方する場合の、より正しい対応は、エキス剤1袋をお湯に溶かして、飲んでもらう(元気な人は一度に2袋でも可能)。その後、お粥など暖かいものを食べても良い。飲んだ後は布団や毛布にくるまって、汗が出るようにする。もし、汗がでなければ、数時間毎に1袋ずつ追加してエキス剤を飲んでもらう。ということになります。
以上のように対応すれば、葛根湯エキスもより効果があり、初期の感冒様症状であれば、速やかに改善することもしばしばあります。ただ、ここで注意して欲しいのは発汗療法ができない患者さんがいるのです。それは、高齢者、心不全、低血圧などの方々で、この場合は「参蘇飲」という漢方薬を総合感冒薬のような感覚で処方する場合もあります。